【日刊工業新聞・勝つ中小企業のものがたりに亀山電機が記載されました】のご報告

情報開示

20130820-01

 鎖国時代の海外との交易口で、今も異国情緒が漂う長崎。夜景で知られる稲佐山のふもと長崎港近く。そこに亀山電機の本社はある。設立は1996年で、主力は工場自動化(FA)の制御システム設計や企業内システムの構築。重工業、電機など国内大手を顧客に持つ。果敢な新規開拓、社員には全財務情報を開示。経営は開け広げ。創業者で社長の北口功幸の口からは「日本の西の果て、長崎から日本を変える」と並々ならぬ決意がつい出る。
社名は幕末の志士・坂本龍馬が長崎に設けた日本初の株式会社「亀山社中」から採った。本来はそのまま社名にしようと思ったが、事業内容が分かりやすいように一部を変えた。

 

人生観が一変

 北口は長崎県大村市出身。佐世保工業高等専門学校を卒業後、福岡で空調設備工事の会社に就職。その後長崎に戻り、電気関係の機械設計など2社を経て亀山電機を設立した。学生時代も就職後も、本を積極的に読むタイプでなかったが、25歳のときに司馬遼太郎の「竜馬がゆく」を読んで人生観が一変した。地元長崎との縁もあり、尊敬と憧れを抱いた。そして龍馬が生きた年齢の間に会社を興す、と自らに誓った。

 31歳で勤務先の顧客を引き継ぐ形で独立。プラントの設計支援を主要事業にした。最初の事務所は長崎市内でも中心部から離れた山あいのマンションの1室。自宅は市外にあったため、時を惜しんで月-土曜は事務所に泊まり込んだ。土曜の夜からは帳簿付けで、日曜の朝に自宅に帰る。簿記の資格はなく、見よう見まねで帳簿と向かった。

 北口は結婚からちょうど1年後、つまり最初の結婚記念日を創業日にした。そこには人生をかける決意が込められていた。そして妻の理解と支えを得て、新婚生活とともに、夢に突き進んだ。

 独立前に勤めた企業は円満退社だったので、仕事も紹介してもらった。受注は順調に伸び、創業翌年の97年には最初の社員を迎える。創業約1年半後の98年3月には、事務所の利便性向上のため市内中心部に移転。受注拡大とともに社員数は6人になった。

 

OA部門立ち上げ

 00年には企業向けのソフトウエア開発によるOA部門を立ち上げた。現在、FA事業とともに柱となっている事業だ。その後は両事業がけん引して、20%を上回る増収率で売上高はぐんぐん伸びた。OA部門立ち上げに携わった管理部次長の栗田浩一は「FAとOAが競争するようだった」と当時の勢いを振り返る。

 創立6年目の02年3月期に売上高1億円を突破。03年3月期は1億2000万円に達した。順風満帆。そしてその03年、亀山電機に大きな転換点が訪れる。長崎に造船所を構え、企業城下町の頂点に立つ三菱重工業の取引口座が開設された。(敬称略)

(2013.8.20日刊工業新聞より)

 

 亀山電機は、今後も確かな技術で地元長崎の発展のため、お客様と共に歩み続ける会社であり続けます。


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